弥生時代の結婚
魏志倭人伝に下記の記述があります。
- 父母と兄弟は寝る場所が別
- 身分の高い人は4~5人、一般の人々でも2~3人の妻がいた
日本の古代文献によると、古代日本の婚姻は夫婦別居の妻問婚(つまどいこん)であったとする説が優勢です。
※妻問婚(つまどいこん)とは、夫婦が結婚後も別居し、夫が妻の家を訪れることにより関係が維持される婚姻様式です。招婿婚(しょうせいこん)とも呼ばれます。
妻問婚の特徴は、以下の通りです。
- 夫婦が結婚後も別居する
- 夫が妻の家を訪れる
- 妻は夫がくるのを待つ
- 子どもは妻の家で育てる
- 求婚には、男が女家の窓や戸口のすきまなどから呼んだり、男の求婚歌に女が答歌するなどの方法で行われていた
弥生時代の葬儀
埋葬方法は土葬で、墓穴を掘って遺体を納めた柩を安置しました。棺は、木棺墓、甕棺墓、石棺墓などがありました。
主な特徴は、
- 朝鮮半島から木棺に人を葬る習慣が伝わった。
- 庶民の間で伸展葬が一般化し、身体を曲げる時間的余裕がなくなったことや、死者が生き返らないことがわかったからだとされている。
- 弥生時代中頃のおよそ200年の間は甕棺が盛んに使われ、北部九州に特有の棺で、大型の素焼きの土器に亡くなった人の手足を折り曲げて入れ、土の中に埋める埋葬方法となった。
- 弥生時代の終わりごろには、再び石棺墓が盛んに作られた。
弥生時代の葬儀は、身分差などの社会の様子や思想が反映されています。
有名なお墓は、
- 吉野ヶ里遺跡の甕棺墓
- 西谷墳墓群の王墓
- 服部遺跡の方形周溝墓
- 佐田谷・佐田峠墳墓群
- 須玖岡本遺跡の奴国の王墓
があり、種類は
- 甕棺墓
- 方形周溝墓
- 円形周溝墓
- 箱式石棺墓
がありました。